自由とは制限の中で発揮される創造性のことである


 
「宇宙は『進化の限界』にたどり着いてしまった未来人が作り出した仮想世界である」という「シミュレーション仮説」っていうのがありますが、
 
僕は「本当にそうなんじゃないか」ってこっそり思ってます(笑)
 
 
じゃあ、「進化の限界」ってなんなのか?って話なんだけど、それっていうのは「イマジネーションの限界」なんじゃないでしょうか。
 
我々はいつも「より自由になりたい」「より嬉しくなりたい」と願っていて、今の制限の中で「ああなったら嬉しい」「これを手に入れたい」ってことを想像したりします。 
 
 
で、それが実際に手に入ったらわりとどうでも良くなっちゃったりして、「次はアレ」「まだまだこれが足りない」ってなったりする(笑)
 
つまり「生きる喜び」っていうのは、それを手にいれるまでの過程に存在するってことです。
 
 
じゃあ、欲しいものが全て手に入ってしまったとしたら?
それ以上に欲しいものが想像できなかったとしたら?
 
そこで「生きる喜び」はなくなります。
 
 
「ただ存在する喜び」というものもありますが、それは「生きる喜び」とは全く別物の静かな感覚です。
 
 
感じ得る全ての制限から自由になり、
これ以上求めようがない”完全なる世界”。
 
一切の動きが意味を成さなくなり、
ただただ静かな感覚か、もしくは虚無と絶望だけが存在する”完全な世界”
 
イマジネーションの余地すらないほどの自由。
「完全なる自由」と「完全なる不自由」がイコールな世界。
 

それが「進化の限界」なんじゃないでしょうか。
 
 
 
そうなっとき、人類は何をするか?
おそらく制限を求めるはずです。しかし、単に自分でルールを決めただけでは必然性のない虚しいごっこ遊びになってしまいます。
 
「もっとのめり込める臨場感が欲しい!」
 
 
そしたら宇宙を作りますわな。
 
 
 
完全に自由な状態で、想像力や想像力を働かせるのは困難です。
 
「5億年ボタン」の世界を想像してみてください。
http://nanomaterial.xyz/5-oku-nen-botan_100man/
 
 
自分を縛る何かがあるからこそ、人はそれを叩き台にして自由を想像(創造)できるのです。
 
 
 
今この時代で生きている限り、完全なる自由はありません。
それは幸せなことなのです。
 
 
「遠い未来の絶望的な自由」を求めるのはやめましょう。
「自由」とは、制限の中で発揮される創造性のことです。

「制限」を愛してください。
それに対して創造性を発揮することこそを楽しんでください。
 
 
「生きる喜び」は制限から自由に向かう、その過程にあります^^