「恐怖」と「欲求」が人生の道しるべ

この前、チラっと
「『恐怖』と『欲求』は同じもの」ってことを書きましたが、
 
これ、自分でも振り返ってみて色々辻褄が合うことがいっぱい見つかって鳥肌が立ってます^^;
 
 
怖くて、そこから逃れるために色々努力的なことをやったりもしたけれど、振り返ってみれば「恐怖」そのものに突っ込んでいってることが多々あり。
 
で、そういうのが人生の転機になってたりするわけです。
 
 
基本的に、人間は自分にとってありえないことに対しては恐怖を感じません。
 
例えば、
「パラシュートをつけずに上空3000メートルから飛び降りてください」って言われても、
 
「怖い」以前に「嫌だよ!」の一言で終了なわけで、想像することすらしないわけです。
 
 
恐怖を感じるっていうことは、自分がそれをやる(その状況を作る)可能性があるということ。 
 
もちろん、恐怖を感じる状況というのはリスキーです。それでもその状況を想定するってことは、そこに自分の求める何かがあるってことです。
 
 
他人に嫌われるのが怖いのであれば、
「自分の本音をストレートに表現する」だったり、
 
孤独が怖いのであれば
「他人に頼らずに自分の人生を切り開く」だったり。
 
「恐怖」の向かう先は自分という存在が進化するための道しるべであると言えます。
 
 
ぜひ、試してみて欲しいのが、自分が恐怖することを挙げてみて、それを象徴するキーワードを見つけてみること。
 
「孤独」「無価値」「恥」「無能」「先の見えない状況」「糾弾されること」
 
 
で、その上で自分の人生を振り返ってみると…、意外と好き好んでそっちに向かったことに気づくかも知れません。
 
コーチングの祖、ルー・タイス曰く
「真のゴールは自分自身が恐怖を覚えるようなものだ」
 
 
「恐怖」が指し示す先にこそ、自分の本当に求めるものがあるのです。

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