頭は「良し悪し」よりも「使い方」

「私は頭が悪いから複雑なことは理解できない」っていう人は、大体の場合は「理解」ではなくて単純に「記憶」しようとしています。
 
「記憶する」っていうのは、表面に現れているものを憶えるだけのこと。
「理解する」っていうのは、表面に現れているものがどんな法則で生まれているのかを認識するということ。
 
で、「理解する」の方が難しいように思われがちだけど、単純に「記憶するだけ」の方が大変だったりします。
 
例えば掛け算の九九。
小学生の頃に暗記させられましたよね?
 
で、暗記しただけだと、2桁以上の計算はできません。掛け算の法則を理解するから桁数が増えても計算ができるわけです。
 
これで「必要になると思われる数字の組み合わせの掛け算を九九の要領で全て暗記しよう!」なんて考えるのは馬鹿げた話で、法則を理解して適宜運用する方が遥かに効率が良いわけです。
 
 
で、「私は頭が悪いから複雑なことは理解できない」って人は上の例で言えば「理解」を放棄して「記憶」だけをしようとしているってこと。
  
そりゃあね、無理だわ^^;
 
 
まあ、「頭が悪い」って思い込みがあるから、初っ端から「理解」を放棄して必要最低限のことだけを「記憶」しようとしてるんだけど、そっちの方が難易度は高いわけです。
 
大体のことはね、小学生でも理解できるぐらいにシンプルに「理解」をすることができます。
 
それができると、一見細々とした「難しそうなこと」「一見ランダムに見えること」も法則に基づいて簡単に「記憶」もできたりします。
 
 
「法則」を見つけ出すコツは、
「何がこれを生み出しているんだろう?」っていう視点で観察してみること。
 
 
「宇宙は最適に設計されている」という言語学者ノーム・チョムスキーの言葉がありますが、雑多なものの奥にあるものを覗いてみれば、世界はシンプルなのです^^

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