「奴隷の鎖自慢」よりも「臆病者になる勇気」

こんにちは、「超次元コーチ」サトルンです^^
 
 
戦国時代の薩摩の大名の「島津家」には「胆(きも)練り」という風習がありました。
 
何かっていうと、火縄銃を縄で天井に吊るし、自然と発射されるように火縄に火をつけてクルクルと回しているのを武士たちが車座になって囲む、というロシアンルーレット的なものです。

kimoneri
 
で、こういう怖いことをやって胆力(勇気)を培うという、イかれた文化でございます^^;
 
 
で、どうもね、自己啓発業界にはそういう「胆練り文化」みたいなのがあるんですよね。
 
「みんなが思う成功」に向かって
「みんなが恐怖を感じること」をやった奴が偉い、みたいなの。妙な男気文化が(笑)
 
 
いいけど、胆練りやってた武士どもは、言ってみれば「縦社会の奴隷」だぜ?
 
確かにさ、それをやることで尊敬は得られるかも知れないけど、それをやることがあなたの幸せに繋がるんですか?って話。
 
まあ、やりたい人はやってりゃ良いんだけど、それよりも「自分にとって大切なこと」に向かえば良いじゃん、って思うよ。
 
 
そりゃ、「胆練り」をやってる他の武士からは「臆病者!」って罵られるだろうけど、そいつらがやってるのは「奴隷の鎖自慢」みたいなもんなんだから。
 
「臆病者になる勇気」を持って胆練りの車座から自由になることで、本当に欲しいものが見えて来るかもよ?^^
 
 

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