人の本質はわりと身近にある

「人生の羅針盤セッション」をやって気づいたこと。
 
それは、人は本質(自分にとっての嬉しい在り方)からそんなには離れないということ。
 
本質を生きることは、基本的にリスクがあり、恐怖が伴います。
 
で、大体の人はそれに対してフタをして、その上に乗せたものを「自分がやりたいこと」ってことにしてたりします。
 
 
それは恐怖に基づいた「やりたいこと」なので、それをやろうとすればするほど息苦しくなるので、
 
「そこからは自由になって、(リスキーでも)本質を生きましょう」
 
ってことを伝えているわけですが、
 
 
何人かの人を見ていった結果分かったのが、
「フタの仕方」とか「フタの上に乗せたやりたいこと」
っていうのは、
 
大体は本質のイミテーション(偽物)であるということ。
 
偽物っていうことは、そこに本質がなんとなく含まれているということです。
 
 
現実逃避的にやってることや、
「have toベース」で嫌々やっていることも、
 
実はそこに「本当に嬉しいこと」の原石が含まれていたりする。
 
 
で、一個考えた仮説は、
現実逃避的にやってることや、
「have toベース」で嫌々やっていることで、
 
「それをやることを通して得ようとしているもの」っていうのは、
 
「他人に提供してあげたいもの」なんじゃないかな、ってこと。
 
 
要は、恐怖にフタをするための手段っていうのは、
言い換えれば
「悩める自分自身にしてあげたいこと」ってことだから、それはつまり
「悩める他人にしてあげたいこと」なんじゃないかと。
 
 
なので、
「今まで自分のためにやってきたことで、『それを通して得てきたもの』を他人に提供するためになにが出来るか?」
 
ってことを考えてみると、「やりたいこと」っていっぱい見つかるんじゃないかな?^^

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