もう迷わない!人生の羅針盤

こんにちは、「超次元コーチ」サトルンです^^
 
 
今回は「喜びへと向かう心の声との付き合い方」について語りたいと思います。
 
って言っても基本的には先日のこちらの投稿で語ったことが全てです。
 
「恐怖」から「ワクワクの人生」に移行する方法
http://wp.me/p3YIJz-fZ
 
 
それをわかりやすく図にしたものがこちらの画像です。
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ざっくり言ってしまえば、

「その時々で思い浮かぶ選択肢の中で、自分が一番恐怖を”感じるもの”が、自分を喜びへと導いてくれる」
 
ということになります。
 
 
前提として、
まず、自分にとって「ありえない選択」には恐怖を感じません。
「ありえない」からです。
 
自分にとっての選択肢として存在しているということは、心のどこかでそれを求めているから。そして、それが可能であることを知っているからです。
 
それは「○○をやる」という選択肢でもそうだし、「○○をやめる(やらない)」という選択肢でもそうです。
 
それをやめる(やらない)ことがいくらリスキーであったとしても、恐怖を伴った選択肢として存在している以上、それは「絶対にやる必要があること」ではなく、やらないことが可能であるということ。
 
 
っていうのを踏まえた上で順番に説明していきます。

この表は「○○をやる(orやらない)」ということを考えたときに感じる感情から、その選択が自分にとって何を意味するのか、ということを表しています。
 
それぞれの項目の下の部分のカッコ内は、それを選択したときの周囲の反応です。
 
 
①愛基準(want to~)を「やる」
 
ハートに基づいて、自分が心から求めていることをやる場合、僕らは恐怖を感じます。
 
社会の常識や自分の恐怖ではなくハートに従うということですので、多くの場合は自己防衛反応が働き、それに対して恐怖を感じるわけです。
 
しかし、恐怖を伴いながら選択肢として存在しているということは、自分が本当にそれを求めているからです。
 
 
そして、基本的にはこの選択をした場合、誰かに怒られます(笑)
社会の常識を基準としていないわけですから当然ですよね。もちろん怒られない場合もありますし、結果として喜ばれたり愛されたりすることはあります。
 
けど、怒られるものと認識しておいた方が良いです。
「怒られるからやらない」「褒められるからやる」ではいつまで経っても”心からの喜び”には辿り着けません(そのあたりを③~⑤で説明します)。
 
 
 
②愛基準(want to~)を「やらない」
 
この場合、僕らが感じるのは「悲しさ」「寂しさ」「つまんなーい!」という感情です。
 
“心からの喜び”を断念する代わりに、現在の安定を選ぶということなので、それに対して恐怖は感じません。
ただただ、「勇気」ではなく「臆病」を選んでしまった自分を悲しく感じるだけです。
 
しかし、思い切った選択をしないことで、周囲の人は安心してくれます。
(①を選択した場合、あなたの親しい人たちは恐怖を感じるでしょう)
 
 
 
③恐怖基準(have to~)を「やる」
 
社会の常識や美徳、どこかのメンター気取りが言ったことを真に受けて、ハートではなくアタマで決めた選択をした場合、僕らは「苦しみ」「痛み」「息苦しさ」を感じます。
 
それは、自分が抱えている恐怖に蓋(フタ)をする行為とも言えます。
  
言ってみれば
「恐怖に怯える弱い存在である自分」
「他人が決めたことに服従する自分」
 
を選んでいるということですのでハートが苦しむわけです。
 
誇りは持てるかも知れません。「奴隷」としての誇りを。そして、他人は褒めてくれます。とことん頑張れば賞賛してもらえるでしょう。同じ基準を受け入れている人たちからは。
 
 
しかし、それでいくら頑張って現実を変えても、
あなたの心は満たされないし、抱えている恐怖は拭われないでしょう。
 
生き方に悩むことの原因は、この③を自分の望みだと勘違いしていることにあります。
 
 
 
④恐怖基準(have to~)を「やらない」
 
③とは逆に「社会の常識」や「メンターの言ったこと」、「現実的に絶対に必要だと”思われているもの”」をやらない場合、当然僕らは恐怖を感じます。
 
例えば仕事を辞める場合。
「収入が確保できなくなったらどうしよう?」という不安に駆られます。
 
しかし、選択肢として存在しているということは無意識レベルで「収入を確保する算段がある」ということだし、最悪確保できなくても死ぬことはない、ということがわかっているわけです。
 
それで恐怖を感じるのは、
「失敗して惨(みじ)めな状況になったらどうしよう?」
 
つまり、他人からの目線が基準になっているということです。自我を守るために、防衛反応として恐怖の感情が使われるわけです。
 
 
ちなみに、逆に「仕事を辞めない」ことに対して恐怖を感じるのであれば、それは現実逃避として「仕事を辞めること」を考えているということです。
 
どっかの起業塾の「仕事を辞めて年収◯千万」みたいなのに感化された場合、このパターンになったりします。
 
 
いずれにしても、やっぱり誰かに怒られます(笑)
前者であれば、常識的な人に「そんなんで食っていけると思ってんのか!」
後者であれば、「このチキン野郎!行動する勇気がないのか!」
 
ちなみに、この表で言うところの「周囲の反応」っていうは、現実ではなく脳内の想像(妄想)も含まれます。
 
 
⑤恐怖基準からの逃避を「やる」
 
③の「どっかの誰かが決めた基準」から逃避した場合、僕らは安心します。
「苦しみ」「痛み」から逃れられるからです。
 
④との違いは、④が「基準そのものを手放す」のに対してこれは「基準を維持したまま逃避する」ということです。
 
仕事の例で言えば、
「仕事を辞める」のではなく、「仕事を(やる気がないまま)続けつつ、現実逃避で酒に逃げる」みたいな話です。
 
これをやってると咎(とが)めてくる人はいるでしょう。 
「もっとちゃんと生きろ!」とか。
 
でも、あなたの周囲の人は安心してくれるかも知れません。
「やっぱり君はこうでなくっちゃ!」
 
酒飲みが「俺は酒を止める!」と宣言した後にそれを撤回して普通に酒を飲んでるのを見て「やっぱりね」と安心する周囲の酒飲みたちのイメージです(笑)
 
 
恐怖からも、苦しみや痛みからも”逃げている”のがこの⑤の状態です。
 
“逃げている”わけですから、潜在的には抱えていて、たまにその影に怯えたりするのを必死で蓋(フタ)をし続けることになります。 
 
その奥には「もっと嬉しくなりたい」という衝動が存在していても、それにもマルッと蓋(フタ)をすることになりますので、楽ではあるけど命を腐らせている状態であるとも言えます。
 

(⑤を「やらない」ということは、つまり恐怖基準を「やる」ということですので③になります)
 
 
 
というのが「人生の羅針盤」です。
 
「勇気を持ってやりたいことをやろう!」というのは自己啓発でよく見かけるフレーズで、全くもって同感なのですが、
 
多くの人が①-②の葛藤と
③-④(もしくは③-⑤)の葛藤が混同しています。
 
 
つまり、
「本当はやりたいのに、勇気がなくてできない」のと
「本当はやりたくないんだけど、やらなきゃいけないと思い込んでいて、結果としてできていない」のがゴッチャになっているわけです。
 
本人も、指導する人も。
  

基本的に現代社会は「苦しむこと③」をやると褒められて、現状維持(②-⑤)をすると安心してもらえ、「心からの喜びに向かうこと(①-④)」をやると怒られるので、
 
常識とか「他人の考え方」を基準としている限り「心からの喜び」に向かうことはできません。
 
 
大切なことは「自分自身の心からの喜び」に向かうこと。
そこには必ず他人を幸せにすることも含まれます(どこかの誰かは怒るかも知れないけど)。
 
そして、そのための道しるべが「恐怖の感情」です。
ここで言う「恐怖の感情」というのは言い換えれば「ワクワク&ドキドキ」です。
 
 
ドラゴンボールの悟空の
「オラ、ワクワクしてきたぞ!」の「ワクワク」です(笑)
 
悟空が「ワクワク」するのは強敵と戦うとき。
 
もちろんリスクがあります。
でも、悟空は楽しそうです。そういうのが①の生き方です。
 
 
なので、「心からの喜び」に向かうということは多くの場合リスクが伴うわけですが、多分ね、リスクを受け入れた方が人生楽しいと思うよ。 
 
ってことで、自己責任でやることが大前提ですが、
もし今現在③の生き方をしていることに気づいたのであれば、まずは④をやることをお勧めします。
 
「やめたら怖いこと」をやめてみる。
仕事でも人間関係でも(家族関係でも)。
 
怒る人がいるかも知れません。
でも、いいじゃないですか。怒られたって。それも含めての「ワクワク&ドキドキ」ですよ(「ゾワゾワ」かもしんないけど笑)
 
んで、その中で①を探してみる。やってみる。
 
 
③から①へ移行するっていうのは
「努力と根性はやめて怒られることやろーぜ!」ってこと(笑)
 
 
楽しそうでしょ?
 

「恐怖の感情こそが人生の羅針盤の指し示す方向である」というお話でした^^

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