妖怪採集と心の世界

今回はまた「妖怪」をテーマに語ります^^
 
「妖怪」とは古来、”気配”のことでした。
黄昏時の薄暗闇、真夜中の真っ暗闇。
 
そんな中に感じる、人ならざる”もの”の”気配”。
 
それこそが「妖怪」であり「もののけ(”もの”の”気配”)」であり、その気配が化けて姿を表すから「お化け」であり「妖怪変化」であるわけです。
 
 
もちろん、この「妖怪」というのは当然物理空間には存在しません。あくまでも「心の世界」の存在です。
 
もし仮に、物理空間に存在していたとしたら、その時点でそれは「妖怪」ではなく、生物学で取り扱うべき「生き物」になってしまうわけです。
 
 
さて、昔の人はそんな「心の世界」の概念である「妖怪」と上手に付き合ってきました。
 
 
原因不明の怪現象が起きたとき。
見たことのない「怪しげ」なものを目の当たりにしたとき。
 
現代であれば科学で解明できたり、
トリックで説明できたりするものだけど、
 
当時としては理解不能なもの。
 
 
そういった”もの”や現象に対して「妖怪」というラベリングをすることで(無理やりながら)説明をつけていたわけです。
 
それも、十羽一絡げに「妖怪」とだけ名付けるわけではなく、それぞれの事柄に対してキャラクターを設定していた。
 
山彦。
不知火。
河童。
赤鬼に青鬼。
山姥(やまんば)。
座敷童。
etc…
 
枚挙に暇がないほどに、古来の日本は「妖怪」に溢れていました。「心の世界の文化」ということで考えれば何とも豊かなことか。
 
 
さて、この怪しく(妖しく)も心惹かれる妖怪たち。明治ぐらいまでは山間部の農村などに息づいていたようですが、段々と科学のメスが入ることで、単なるフィクションの世界へと押し込められて来ました。
 
 
単なる俗説であり、迷信であり、意味のないもの。
夜の闇には何もなく、明かりを照らせばそこにはただただ物理空間が広がるのみ。
 
 
子どもなんかは知識がありませんので、黄昏時の薄暗闇に、真夜中の真っ暗闇に、人ではない”もの”の気配を感じ取ったりもしますが、
 
大人になるにつれて段々とその感覚もなくなっていきます。
 
 
“ゲゲゲの鬼太郎”の作者である水木しげる氏は、その妖怪を感じ取れる感覚を「妖怪感度」と名付けていらっしゃいましたが、現代を生きる我々は「妖怪感度」が鈍っている傾向にあると言えるでしょう。
 
 
なんとも寂しいことではありませんか。
 
 
世の中は、わけのわかんない意味不明で無意味なものがあるからオモチロイ。役にたつもの、意味のあるもの、科学的な説明ができるものだけで構成される「現実」のなんとも味気ないことか。
 
 
つまるところ、我々人間というものは「心の世界の住人」であると言えます。
 
物理空間でどれだけ物を持っていたとしても、心が満たされなければ幸せではないわけです。
(お金も、社会的地位も、結局は「心の世界」の存在です)。
 
 
で、あればこそ、
「心の世界」を拡張していくという試みこそが、人生を豊かにするのではないでしょうか?
 
 
我々が「現実」と呼んでいるものというのも結局は「心の世界」です。それも、どこかの誰かが意図的に(都合良く)作り上げたものであると言えます。
 
もちろん、それはそれで便利に使えば良いわけだけど、自分が生きる「心の世界」をそれだけに限定してしまうのはなんとも味気ないことではありませんか。
 
 
この「心の世界の拡張」ということについては本業であるコーチングに絡めて別途語らせていただきたいと思いますが、
 
ここではそのための一つのアイデアとして「妖怪採集」というものを提案させていただきます。
 
 
「妖怪」を「採集」するということ。
 
姿が見えず、物理空間に存在しない”もの”をどのようにして「採集」するのか?
 
答えは簡単。
そこに自分自身が見出せば良いわけです。
 
 
黄昏時の薄暗闇に、真夜中の真っ暗闇に。
もしくは日常の「生活」や「娯楽」の場に。
 
 
「見出す」というのは、「妖怪感度」をビンビンに高めて”もの”の気配を感じ取り、それに自分なりにラベリングをするということです。
 
別に「霊感」とかそういうのは必要はありません。
イマジネーションがあれば十分です。
 
 
例えば、先日居酒屋で僕が「採集」した「妖怪」は、
 
「妖怪へべれけ小僧」
 
 
美味しいお酒と肴を出す飲食店に住み着いており、こいつに取り憑かれると次々と酒を肴を注文してしまい、会計時に腰を抜かすことになる、というものです。
 
居酒屋という空間に、一升瓶を抱えた可愛い子どもがふわふわと宙に浮かんでおり、来るお客に対していちいち
「ほらほら!お酒もお肴も美味しいよ!いっぱい楽しんでってね!」
 
なんて耳元で囁(ささや)くわけです。 
(子どもが一升瓶抱えている、っていうあたりで倫理的にどうかという話もあるでしょうが、そこはほら、「妖怪」ですから…)
 
 
良質な居酒屋にて酒と料理に舌鼓を打つ時、その空間に「妖怪へべれけ小僧」を感じてみる。っていうのはなんとも豊かな空間ではありませんか。
 
 
そのようにして、その場その場の空間に意図的に「妖怪」を見出し、名前を付け、それを感じ取ってみる。
 
それが「妖怪採集」です。
 

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画像は、彼女ちゃんと夜の高尾山を散歩したときに「採集」した、「覗き一つ目」という妖怪です。
(彼女ちゃんが描いてくれました♪( ´ ▽ ` )ノ)
  
ちなみに、基本的に日本の妖怪というのは人畜無害です(いたずら程度のことはしますが…)。
 
幽霊は呪ったり祟ったり恨んできたりして怖いけど、そういう暗いところがないのが「妖怪」です。
 
 
楽しそうでしょ?^^
 

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