アタマも大切だという話

こんにちは、「超次元コーチ」サトルンです^^
 
 
僕はいつも「ハートに従うのが良い生き方である」
ということを言っているわけですが、
「アタマも大切だよなぁ」と考えさせられたのがこちらの記事。
 
 
東中野・桜並木を区が伐採し住人が怒っている問題 : NewsACT
http://news-act.com/archives/48447502.html
 
 
東京の東中野駅周辺の線路沿いの
斜面の桜並木の伐採に対して、
地元住民が反対しているそうです。
 
確かにね、綺麗なんですよ。ここ。桜の季節になると。
遠くまで続く線路の脇を桃色の桜並木が続いていくの。
 
すんごい壮観で、目を奪われた憶えがあります。
 
 
ただ、行政側の主張としては、樹木診断をした結果、
「老木で健康状態が悪く、落木の危険がある」
ということが判明し、線路に枝が落ちたら危険という
判断の元に伐採を決めたとのことだそうです。
(実際に去年、強風で枝が線路に落ちることがあった)
 
 
って考えると、確かに危険なんですよね。
下手すりゃ列車事故になりかねない。
 
 
ただ、地元住民は反対しているんですよね。
 
「この桜は地域住民によって長きにわたり
 はぐくみ育てて来ました。この斜面には
 何人といえども手をつけないでください」
 
おそらく、反対している人たちは長くこの地域に
住んできたお年寄りがメインだと思うんだけど、
確かに気持ちを考えると胸が痛くなります。
 
 
ただ、彼らが言ってることは「感情のみに基づいた主張」なわけです。
 
行政「危ないから、この木は切るよ(理性)」
住民「儂らはこの木を愛しているから、切らないでくれ(感情)」
 
 
アタマで理性的に考えれば、万が一枝が落ちたり
木が倒れたりすることで列車事故が起きて、
それで怪我人や死傷者が出たら、それこそ多くの人の
ココロが傷つくことになることは想像できるはずです。
 
ただ、感情と感傷「だけ」になると、
それが分からなくなってしまう。
 
 
そういうのって危険だと思うんだよね。
 
 
もちろん、「論理と理性」のみが正しいってのも
違うわけで、僕らが生きるのは最終的には「ココロ」を
喜ばすためです。

なので、感傷や感情、情緒ってのも大切ではあります。
 
 
つまり、どっちかに偏りすぎると、
なんかおかしなことになるよね、って話。 
 
 
まあ、この記事の作者の言う通り、
行政側には木を伐採する代わりに若木を植樹して、
理性的にリスクを取り除きつつも地域住民の
「ココロ」を酌むよう取り計らって欲しいなと
思うサトルンでした^^
 

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