「1」ではなく「汎」

こんにちは、サトルンです^^
 
 
「ワンネス」って言葉ありますよね?
 
「すべてのものは一つである」
っていうスピリチュアル系の人が
大好きな、悟りの境地っぽいアレの話です。
  
  
んで、最近悟りの体感を得た僕ですが、
どうもね、違和感があるんですよね。
ワンネスの概念って。
 
それは、僕のワンネスの解釈によるもの
なのかも知れないけど、

「”1”じゃねぇだろう」って思うわけです。
 
 
っていうのは、「すべてが1つ」っていうと、
宇宙が閉じてる感覚なんですよね。
 
「1」の中に全てがある。
「All in One」的な。
 
要は、宇宙のどこかにピリオドがあるって
発想だと思うんですよね。

これって。でなければ「1」って数えられないし。
 
っていうのに対して「本当かよ」って
感じるわけですよ僕は。
 
 
多分さ、宇宙って閉じてないぜ?
 
僕が目の前の灰皿を見るとき、
その背後には合わせ鏡のように
無限に続く超次元的な宇宙を感じるわけです。
 
果てなんかない。
 
合わせ鏡っていうと等しく
続いていくイメージだけど、
そうじゃなくて、

存在の外側があり、
その外側があり、
さらにその外側があり…(無限に続く)
 
ってのが宇宙なんじゃないかな。
 
これを僕はいつも
「コンテクスト(背景)」と
「コンテンツ(内容)」の概念で
説明しているんだけど、
この2つは常に相対的です。

 
僕というコンテンツの
背景(コンテクスト)には日本があり、
日本の背景には世界があり、
地球があり、太陽系があり、銀河系があり…、
 
すべてのコンテンツには
その外側であるコンテクストが存在している。
 
 
神様がいるとしたら、
神様を生み出した神様がいて、
それを生み出した神様がいて…、
無限の階層が存在している。
 
 
お釈迦様が言ってる「縁起」って
そういうことだと思うぜ?
 
「すべては縁によって起っている」
 
「縁」すなわち「関係性」。
外側があるからこそ、内側が存在する。
 
お釈迦様が「縁起」って言葉を伝えた背景には、
そんな超次元的宇宙のビジョンが
あったんじゃないかって、僕は確信しています。
 
 
それで、そんな無限に外側があり、
無限に内側がある宇宙を「1つ」って
表現するのはナンセンスだと感じるんだよね。

「1つ」があるなら「2つ」があり、
「3つ」があるってことになるんだけど、
そうじゃないだろうって。
 
 
だからこそ、宇宙ってのは
「1」ではなく「汎」であり、
全ての存在は等しく「1/∞」であると同時に
やはり「汎」である。

1つとか2つとか数える意味がない
無限の広がりこそが宇宙だってのが
僕が見ているビジョンです。
  
もちろん、その中で「ワンネス」的な
ゲシュタルトはあるのでしょうが、
「1」て数えられてる時点で
そこには無限に外側があるぜ!ってことです。
 
 
まあ、「ピリオドの存在する1つのイメージ」で
宇宙を認識するのか、
「無限の広がりを持つ超次元的な”汎”」
として認識するのか、
 
興味ない人には「どっちでも良いじゃん」って
話だと思うんですけど(笑)
 
 
 
後者で宇宙を認識することで
直接的な恩恵を得られるということを、
お話する機会がいずれあるかも知れません^^

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